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ひと昔前に比べたら、養殖鯛はずいぶん美味しくなりましたよ

2005年03月11日 13:02

インターネットで、「養殖真鯛 相場」と打ち込んで検索してみたら、どういうわけか釣り人のサイトがたくさん出てきました。
いくつか見てみましたが、判で押したように「養殖は美味しくない」と書いてあります。
この人たちは、最近の養殖真鯛を食べたのでしょうか。疑問です。
2年前のこのコーナーにおいて、「天然マダイと養殖マダイ」をテーマに文章を書きましたが、「ひと昔前に比べて養殖鯛の身質が良くなっていることがわかりました。臭みが全然ない、脂肪過剰でもない、加熱したあとの「身のパサパサ感」もありませんでした。」と書いていますが、今はもっと良くなっています。
真鯛を年柄年中食べている人でもない限り、養殖と天然の味の違いがわかるはずがないと思いますね。
そういう意味では、一部の釣り人のサイトは、罪作りなサイトだと思いました。
美味しさとは何かと問われたとき、それが、イノシン酸、グルタミン酸などのうまみ成分の含有量だけで評価できるのなら、こんな簡単なことはないんです。
食べると言うことは、食べる人の人間の生き様と関わりがあるわけで、旨味成分の量だけでは評価ができないのです。
同じ人が食べても、小さいときから成年、熟年と年を経ていく中で、「美味しさ」の受けとめ方も変わっていくわけです。
若いときは脂っこいものをたくさん食べていたが、年を経るにしたがってあっさりしたものが美味しくなり、食べる量も少なくなったというのは、多くの人が経験することです。
いっぽう、食べられる側でも時期によって組成が変わるわけで、美味しくなるときもまずくなるときもある。
特に、天然物はその変化が顕著です。
ところが、釣り人に評判が悪い養殖物は、人間が餌や水温や光などをコントロールできるため、変化が少ないのですね。
つまり、天然物の味が落ちるときには、養殖のほうが美味いということが起こりうる。
事実としてこういうことがあるわけで、「天然が美味しく、養殖が美味しくない」というような論理は、全く幼稚な論理と言っていいぐらいだと私は思っています。
鯛のあら炊き

美味しさとは、一人一人によって違う。個人の価値観が決めるものです。
家族が、同じものを同じようにして食べても、一人一人評価が違うし、ある人が好きな人とのデートの時に食べたものを、一人でうらぶれた下宿で食べた場合では、やっぱり美味しさが違うんです。これが難しいところなんですね。
そういう意味では、美味しさは単に「美味さの成分」の問題ではなく、一人一人の全人格に関わってくる問題なのです。
それでは、産地側として、消費者に「美味しく食べてもらう」とすればどうすればいいのでしょうか。これは難しいですねえ。
もちろん、販売する魚そのものが、本当に科学的な意味で美味しいものであることは大前提になります。
その上で、「美味しいわりには安かった」という価格的優位性を持つこと(これは、絶対的な低価格という意味ではありません)や、「どこの海で育ったし安心や」「どんな育て方をしてるのか良くわかる」「社長(あるいは担当者)の顔がわかってる」など、いろんな形での情報公開が決定的に大事でしょう。
魚が売れる=魚を食べてもらうという関係ですから、食べてもらう一人一人の消費者を、どう自分の(会社の)ファンにするのか、それがキーポイントですね。
単純に、魚を市場に出したら、誰かが売ってくれるという時代ではありません。
産地・漁業者一人一人が、自分の魚を売る方法を考えなければならない時代だと思います。産地の方の奮闘を期待します。
 2005年3月11日
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